講演集



● 道州制ビジョン:東京圏をどうするのか(レジュメ)

財団法人 東京市政調会理事長 西尾 勝

平成21年11月11日


はじめに

 東京大学行政学研究会の大先輩でありました野村ユ市・東京都交友会会長の後を継いで、財団法人東京市政調査会の理事長に就任した、西尾勝でございます。
 本日の講演のテーマは、「道州制ビジョン:東京圏をどうするのか」とさせていただきました。しかし、誤解を招かないために、あらかじめ最初にお断りしておかなければならないことがございます。
 実を申しますと、私は、道州制の速やかな実現を求める積極論者ではありません。むしろ、浮ついた道州制ビジョン論議の横行する風潮に対して強い危惧の念を抱いている、慎重論者なのです。
 道州制論議に対して私が慎重にならざるを得ないのは、以下の三つの理由からです。第一に、自民党の構想する道州制は、分権的な道州制にはならず、むしろ集権的な道州制になる可能性が高いと判断してきたからです。第二に、道州制推進論者は、与野党を問わず、また官民を問わず、いずれもおしなべて、道州制を実現する場合には、基礎自治体である市区町村を大幅に統合して、その総数を少なくとも1000以下に削減する必要があると主張しているからです。それが不可欠の要件だと言われるのでしたら、私は道州制の実現に反対せざるを得ないということです。第三に、道州制を実現するためには、各省庁官僚機構の反対を抑え込み、与党を完全に統率し、国会の衆参両院を乗り切れるだけの、強い政治指導力を備えた内閣が誕生しなければなりません。歴代の自公政権にはそのような力はありませんでした。今回の総選挙で半世紀ぶりに与野党間の政権交代がおこりましたけれども、新しい民主党政権にもそのような力はまだありません。将来は、道州制を実現することのできるような強い内閣がこの国にも誕生することになるのかもしれませんが、それは、これから10年以上も先のことではないかと思うのです。
 さて、先の総選挙において、道州制の実現を政権公約に掲げた自民党は敗北し、今回はこれを一切政権公約に掲げなかった民主党が圧勝する結果になりました。そこで、鳩山政権の任期中には、安倍政権時代に設置された道州制ビジョン懇談会は廃止され、道州制ビジョン論議は当分の間は下火になるものと確信しています。しかし、道州制を求める火種が消え去るわけではありません。自民党は次の総選挙に向けて道州制の実現を旗印に掲げるでしょう。そして、民主党もまた岡田代表時代のマニフェストには「連邦制的道州制の検討」を掲げていたように、民主党内には道州制論者が少なくないのです。さらに言えば、鳩山政権は、「地域主権の推進」を旗印に掲げ、基礎自治体優先を唱えながら、その一方では国の各省庁の出先機関の原則廃止を唱えています。この国の各省庁の出先機関の原則廃止をどこまで本気で追求するつもりかわかりませんけれども、この出先機関の原則廃止を追求していけばいくほど、道州制論議を再燃させる結果になるでしょう。出先機関を廃止するには、それらが所管してきた事務権限の相当部分を都道府県に移譲することにせざるを得ないのですが、その「受け皿」として現在の47都道府県体制を前提にしているかぎり、移譲できる事務権限の範囲にはおのずから限界があります。そこで、国の出先機関を大幅に縮小しその事務権限を大幅に移譲しようとすると、現在の都道府県を廃止し、これに代えて、より一層広域の道州といった新しい地方政府を創り出さなければならないのではないかという論議を再燃させることになるのです。また、道州制の推進論者からは、都道府県に中途半端な移譲をするよりも、まず道州制を実現して道州に事務権限を移譲せよとする反対論が寄せられます。
 要するに、今回の政権交代によって道州制論議は一時的に下火になりますが、道州制論議の火種はくすぶり続け、いずれまた改めて、激しく火を噴く可能性が高いのです。困ったことに、この国の政治家もマスメディアも、省庁の統廃合、市町村合併、道州制といったような、「受け皿」、容れ物をいじくり回して変えようとする「器の改革」論議が大好きなのです。
 そこで、これからも続く道州制論議をもう少し、地に足の付いた、現実的で実行可能な論議にしていくためには、東京圏の地方自治に詳しい人々のなかから、道州制の下では東京圏をどうするつもりなのかという問いを発していただきたいと、願っているのです。東京圏をどうするのかが決まらなければ、道州制の実現などあり得ないにもかかわらず、道州制ビジョン懇談会での論議を初め、関経連を中心にした関西の道州制論議でも、九州経済連合会を中心にした九州の道州制論議でも、この難問中の難問である東京圏をどうするのかという問題を真剣に検討している形跡はありません。ここにお集まりの都庁OBの方々のなかには、道州制の推進論者もおられれば、慎重論者も反対論者もおられることと思いますが、いずれのお立場からであれ、東京圏の地方自治に詳しい皆様方から、東京圏をどうするつもりなのかと、問いかけてほしいのです。
 それでは、前置きはこの程度にして、本題に入りましょう。

T 東京圏の道州の設計は、道州制構想の難問中の難問

@ 関東から近畿に至る本州中央部分の道州の区画割は難問
A 関東と近畿については、道州の政府形態と所掌事務の設計も難問
B 就中、東京圏の道州の設計は、難問中の難問

何故に、難問中の難問になるのか。最大の理由は以下の三点にある。

1 東京圏の道州の人口と財政力が突出して巨大になって、その他の道州との均衡を失することになりかねないからである

@関東圏(1都6県または1都7県)の区画とすれば、人口は4000万を越え、総人口の3分の1以上を占めてしまう
A東京圏(1都3県)の区画にしても、人口は3000万に達し、総人口の4分の1を占めるこの区画とする場合には、関東圏内の周辺各県をどのように区画割するかが問題になる。

2 東京圏の道州においてもその他の道州と同様に、首長制の政府形態を採用し首長を直接公選にした場合、東京道州知事の政治的な権威は国の議院内閣制の内閣総理大臣のそれと肩を並べるものになりかねない

@この問題は首都圏への人口集中の著しい諸国(たとえば、韓国のソウル、バングラデシュのダッカなど)に共通する難問
A首都圏の自治体では、国政上の野党が実権を握ることが稀ではない
B首都圏の警察を国の直轄とするか自治体警察とするかが問題になる。東京圏について言えば、道府県警察とは異なる警視庁をどのように扱うかが問われる
C要するに、東京圏の道州については、政府形態と道州の所掌事務の範囲の両面において、他の道州とは異なる特例措置が必要になる可能性が高い

3 東京圏に道州制を施行しようとする場合、その区画割の如何にかかわらず、23特別区の区域について現行の変則的な都区制度をそのまま維持するのか否かが問われざるを得ない。言い換えれば、東京圏の道州の設計に際しては、道州管内の基礎自治体の再編成問題に直面せざるを得ない

@道州制に移行するために、事前に東京都と周辺各県との自主合併をするとき、対等合併の方式による場合には、現行の都区制度を維持することはできない。東京都への編入合併の方式によれば、現行の都区制度を維持することは可能であるが、編入合併の方式には周辺各県の反発が強いものと思われる
Aしたがって、東京圏の道州の設置は、国会が制定する設置法に依らざるを得なくなる可能性が高い。そしてそのときに、東京圏の道州の政府形態および所掌事務の範囲がその他の標準型の道州のそれとは異なる特例型である場合には、その設置法は憲法第95条の地方自治特別法に該当するものと解釈され、関係各都県の住民による住民投票に付されざるを得ないことになる可能性が高い
B23特別区の区域に施行されている現行の変則的な都区制度を再編成しようとすると、有識者の意見もちぢに分かれる(現行制度を維持、23区を統合し東京市の再生、都心3区または都心5区のみを統合し東京市に、都心の3区または5区を統合し国の直轄区域に改める等々)いずれにしろ、23特別区関係者の了承を得ることは至難


U 西尾私案

1 東京圏の道州の区画は、東京圏の社会経済的な実態に合わせて、1都3県の区域とする
2 東京圏の道州は1都3県の広域連合機構とする。言い換えれば、東京圏の道州においては、これまでの1都3県を存置し、道州の広域連合機構は、東京圏計画の策定を初め、国の出先機関から移譲される事務権限のうちの広域的な事務権限のみを所管する
3 東京圏の道州の広域連合機構の首長は東京都知事が兼任する
4 警察機能を分解し、警備警察と刑事警察の一部(政治犯罪、企業犯罪、麻薬・銃砲等の取締、暴力団の取締等)とは国家警察の直轄とし、道州または都県の警察には市民生活を一般犯罪から防衛する刑事警察と交通警察と保安警察とを残す
5 都心5区の区域を統合し東京市を設置するとともに、その他の18特別区は市に改め、東京都を東京府に戻す。東京市は政令指定都市とし、管内に行政区を設置する。

要するに、道州制にメリットがあるとすれば、それは東京一極集中に対する地方圏の対抗力を強化することにあるので、東京圏の道州を強力なものにしてはならないと考えている。近畿圏は大阪市・京都市・神戸市(・奈良市)の3極(または4極)の中心構造を形成しているので、東京圏とは若干事情の異なる側面もあるが、にもかかわらず、近畿圏の道州についても東京圏の道州に準じた特例型を構想する必要に迫られるのではないかと予測している。関経連が関西圏について広域連合の形成を目指し、差し当たりは関西広域行政機構を立ち上げていることは、きわめて着実な試みであると評価している。

おわりに:道州制ビジョンへの含意

@全国一律の道州制構想をやめ、標準型と特例型の混在を許容する
A北海道と沖縄道については、東京圏と関西圏とは別の意味での特例型とする
B道州制は都道府県制に代わるものとする大前提をおかず、その必要があると認められる道州では、道州の下に都府県を存置する余地も残す
Cこの種の構想については、「屋上屋を架するもの」とか「必要以上に複雑な体系」とする批判が寄せられるのが常であるが、政府体系を大きく変革する際には、少なくとも一定期間の経過措置として、柔軟な対応が不可欠。明治の地方制度の設計に際して、市町村、郡、府県という三層構造を採用し、後に郡を廃止し市町村と府県の二層構造に改めた知恵に学ぶべきである。

平成21年11月11日
(社)東京都交友会創立60周年記念大会にて

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